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インタヴュー

 アヴラム・デイヴィッドスンは天理教信者だったため、しばしば日本にやってきていた。
 1976年1月、天理教教祖九十年祭のために来日した際に、早川書房・SFマガジン編集部がデイヴィッドスンにインタヴューをおこなっている。以下はSFマガジン1976年4月号に掲載された記事の再録である。〔〕内は補注。


ようこそ、デヴィッドスン

編集部

 日本ではあまり知られていなくとも、英米ではよく知られているというSF作家は数多くいます。たとえば、ドーセイ・シリーズなど、男のロマンSFとでもいうような作品を発表しているゴードン・R・ディクスン、冒険SFから前衛的な作品まで幅広いテリトリイを持っているバリイ・マルツバーグ、その他、未訳ながら多くの長編をものしている人たち、E・C・タブ、ケネス・バルマー、マリオン・ジマー・ブラッドリイ、ジョアンナ・ラス等々、作風は別々ですが、ずいぶんといるものです。ところで、これからご紹介するアヴラム・デヴィッドスンもそうした作家のひとり、いや、ある意味ではより重要な作家かもしれません。たとえば、昨年〔1975年〕亡くなったアナログ誌の名物書評子、スカイラー・ミラーなどは、「J・G・バラードやコードウェイナー・スミスのようなスタイリストならともかく、彼のように多彩で暖かい人間性に富み、比較的読みやすい作家が、なんで最近の人気投票で高いランクにいかないのかまったくわからない」とさえいっています。
 さて、このデヴィッドスンを訪れることになったのは、ひょんなことからでした。アヴラム・デヴィッドスンが日本に来ているから会いに行く、その連絡が矢野徹氏から編集部にはいったので、本誌編集部もさっそく彼を訪れることにしたのです。
 最初は星新一氏も会いに行く予定でしたが、SF作家クラブの旅行のためにとりやめとなり、結局、矢野徹氏、翻訳家の斉藤伯好氏、ヴァーテックス誌にアーシュラ・K・ル・グィンのインタヴューを寄稿したジーン・ヴァン・トロイヤー氏、それに編集部から早川浩編集部長と筆者が1月28日の夕方、銀座第一ホテルに彼を訪れました。
 星氏が会う予定になっていたことについては、ちょっとしたいきさつがあります。F&SF誌1963年6月号に、氏の『ボッコちゃん』が掲載され、日本のSFが初めて海外に紹介されたのですが、当時編集を担当していたのが、アヴラム・デヴィッドスン氏なのです*1。翻訳は当時英文和訳よりも和文英訳が得意だったという、斉藤伯好氏でした。
 さて、ホテルの部屋に私たちを迎え入れてくれたデヴィッドスン氏は、豊かなヒゲをたくわえた、初老の“おじさん”といった感じの人物でした。
 編集部より贈られた本誌とミステリ・マガジンのページをぱらぱらと繰りながら、きれいな絵のたくさんはいった本だな、とまず感想を。来日の理由については、天理教教祖九十年祭のためとのことでしたが、旅行が趣味ということで、安いパック・ツアーも魅力だったようです。
 しばらく雑談のあった後でレストランでまず腹ごしらえ、そして、都合で斉藤氏がお帰りになった後でふたたび一同は彼の部屋へ戻りました。そこで、ヴァン・トロイヤー氏のメモをもとに、いくつかの質問に答えていただきました。

——あなたは、どんな小説から書き始めたのですか?

デヴィッドスン ファンタジーから書き始めて、それからSFを書くようになり、またファンタジーに戻っています。

——あなたの作品が冒険SFからファンタジーに変っていった理由はなんでしょう?

デヴィッドスン そのほうがずっと自然に思えるからです。つまり、冒険SFというのはヒロイック・ファンタジーが科学でドレス・アップしたものなんです。

——あなたの作品の多くは、過去の歴史上の世界にもとづいたファンタジー世界が巧みにちりばめられています。それらの作品を書くときに、なぜあれほど細部に気を配っているのですか?

デヴィッドスン なぜそうしたらいけないんですか?(笑)私は歴史に非常に興味があるんです。特に古代ローマの詩人ヴァージルには。そこで、断片としてしか存在しない歴史というものの再構築ということに関心があるのです。

——これからの執筆の予定は?

デヴィッドスン それには、当面の予定と、もっと長い期間をかけた予定とがあります。当面の予定のほうはSFとは関係がありません。禁酒法時代のアメリカを舞台にした小説です*2。といっても、ギャング物じゃありませんよ。それからもうひとつは、5000年にわたる年代記を書くことです*3。これは前の答とも重複しますが、断片として存在する歴史——それも具体的な事実と、またそうでないもの、たとえば科学と魔術とが同じ性格を持っていた時代の人間の考えみたいなものまで集めたエンサイクロペディアです。

——アメリカのSF界の現状については、どう思われますか?

デヴィッドスン 評論についていえば、良いものはごくわずかです。フィクションについても、同じようなものかな。

——あなたは御自分の作品の中で、何が一番気にいっていますか?

デヴィッドスン “Mutiny in Space”(編集部註 封建的な女家長制の惑星で生存の努力をする宇宙船乗員の物語で、1964年の作品。未訳)です。それから、冒険小説的な面白さからいけば“Rork!”(編集部註 異星で活躍する宇宙開拓者の物語で、1965年の作品。未訳)です。

——どんな美学的見地から、あなたはSFの創作から遠ざかったのですか?

デヴィッドスン SFと非SFを分割することはできません。ただ創造的な芸術があるだけのことです。

——あなたの作品にはエコロジカルな冒険ファンタジーが多くありますが?

デヴィッドスン エコロジーとはいっても、私に関心のあるのは現在流行しているような、“自然を守れ”というようなものではなく、自然そのもののプロセスとしてのエコロジーに興味があるのです。

——たとえばハミルトンのような作家は、自然科学そのものに啓発されてSFを書いていましたが、あなたの場合、少年時代にそういったものに胸をはずませた、などということはありましたか?

デヴィッドスン もちろんですよ。

——そういったものが作品に反映するということは?

デヴィッドスン 私の「あるいは牡蠣でいっぱいの海」は、擬態としてのクリップの形をとった生物がハンガーの形をした生物になるという話ですが、これなどは自然科学的なアイデアではないでしょうか。

 インタヴューは実際には2時間ほどおこなわれましたが、紙数の関係でこの程度にまとめさせていただきました。最後に、デヴィッドスン氏が、非常に知的でありながら、暖かみのある人だったということを書いておきたいと思います。

copyright ©1976 by Hayakawa Publishing, Inc. Reprinted by permission.


【編注】

*1 デイヴィッドスンは1963年半ばにメキシコに移住し、そこで1年間F&SF誌の編集をつづけた(まだファクシミリも宅配便も存在せず、町には電話が1台しかないのに!)。もう少し遅かったら、星新一「ボッコちゃん」の英訳原稿はメキシコの田舎町に持っていかれていたかもしれない。
 なお、このメキシコ滞在経験は Clash of Star-Kings(1966)に活かされている。

*2 未詳。未完成長編か?

*3 たぶんエッセイ集 Adventures in Unhistory: Conjectures on the Factual Foundations of Several Ancient Legends(1993, Owlswick Press)のことだと思うが、本を持っていないのでさだかではない。


・横書きでの読みやすさを考えて、漢数字をアラビア数字に改めた。
・明らかな誤植は訂正した。
 スカイラー・シラー → スカイラー・ミラー
 Roke! → Rork!
「あるいは牡蠣でいっぱいの話」 → 「あるいは牡蠣でいっぱいの海」


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